中世ヨーロッパの都市と聞くと、現代に残る綺麗な街並みなどを想像する一方、結局、実際にはどんな人が住んでいて、どういう役割を持っていたかと聞かれると答えに困るんですよね。
本書は、中世ヨーロッパの都市について、さくっとまとまっていて、とても良かったです。
中世ヨーロッパの都市って、つまり何だったのか知りたい
中世ヨーロッパの都市がどんな空間だったか知りたい
中世ヨーロッパの都市にはどんな人々が住んでいたか知りたい
『中世ヨーロッパの都市世界』概要
著者紹介
本書の著者は中世ネーデルラント史や都市史を専門としており、他にも中世ヨーロッパの文化に関する本を多数執筆しています。
世界史リブレット
本書は、山川出版社の世界史リブレットのうちの一冊です。世界史リブレットは100ページくらいの薄い冊子ですが、どれも専門家によって執筆されたしっかりとした資料です。
監修者は山川出版社世界史Bの教科書執筆者で、高校の世界史の理解を深める目的でも読めます。
- コンパクトでとっつきやすい
- 高校生でも読める
- 入手しやすい参考文献の一覧が載っていて知識を広げやすい
こうした理由から、入門書として有用です。
中世ヨーロッパ都市に関する入門書
主に11~14世紀の中世都市について、構造と住民同士のつながり方という視点から解説されています。
形成過程にも触れる関係で、冒頭では5~10世紀あたりの話も登場します。
註が多いので読み進めやすく、良質な入門書です。
『中世ヨーロッパの都市世界』感想
ひしめき合う都市空間
中世ヨーロッパの都市の構造として欠かせない特徴は、市壁(しへき)です。
塔や門と壁で構成された市壁は、都市をぐるっと囲うように建てられました。
中世都市形成の過程で作られた市壁(都市を囲う壁)が作られて、防衛能力が高まったのは良いのですが、その後の人口増加のおかげで、都市空間はだいたい狭苦しいものになりました。
地上だけでは飽き足らず、上階が道路にせり出したり、隣の建物とつながっていたりするような光景は、現代のヨーロッパの街並みにも名残が残っていますね……。
狭いなら市壁を建て直して広くできればいいのですが、膨大な資金がかかるので簡単にはいきません。
というわけで、多くの都市の人々は狭苦しい都市でおしくらまんじゅうのようにして暮らしていたということになります。
もちろん、あまりにも狭いので、市壁をどんどん広げる都市もありました。
個人的には、市壁のすぐ外には農民の世界が広がっていて、戦争があったら市壁の中に農民を避難させることもあったという話が印象的でした。
都市と農村は分断されたイメージがありましたが、もっと密接で近い関係にあったということですね。
ただ、「都市は狭い」という話が散々出てきた以上、戦争のときに農民をいつも避難させてあげられたわけではないんだろうなとか、考えてしまいます……。
多種多様な住民のつながり
本書で語られる都市の住民はだいたい下記のとおりです。
- 手工業者
- 商人
- 聖職者
- 大学人(聖職者特権あり)
人数が多かったのは手工業者と商人ですね。
個人的には、手工業者や商人による兄弟団について触れられていたのが印象的でした。
兄弟団とは、ざっくり言ってしまえば、仕事以外のことについて助け合うための団体、と理解しました。
ちなみに、仕事に関する相互扶助団体は「ギルド」です。手工業者だと、一番上に親方がいて、製品の品質管理などを厳しく行なう団体ですね。こちらについても本書では詳しく解説されていますよ。
兄弟団は、病気の会員のお見舞いに行ったり、貧しい会員を助けてあげたり、亡くなった会員を埋葬したりしていたそうです。同じ守護聖人に帰依することが条件になっているようなので、ほぼギルドと同じメンバーになりそうではあります。
手工業者と商人については、ギルドへの加入がほぼ必須ですし、兄弟団については女性や子どもでも入会できたようなので、多くの人が何かしらの形で都市のコミュニティに組み込まれ、困ったときには助けてもらえるような仕組みがあった、ということですね。
図版や表が面白い
100ページに満たない小冊子ではありますが、興味深い図版や表がたくさん掲載されています。
あまりにも狭いので市壁をどんどん広げる都市、ブルッヘ
9世紀から13世紀までの市壁拡大の過程が図で示されています。
確かに400年もあれば都市の構造も変わって当然だとは思いますが、中世ヨーロッパでいかに人口が増加したのかが図版からも読み取れました。
ヘントのギルドと女性労働の有無
パン屋や肉屋、スパイス商などなどの同業組合ごとに、徒弟期間や女性の親方権の有無、女性の労働が認められていたかどうかなどについて、表にまとめられていました。
史料的な限界があるのですべての情報は網羅されていませんが、十分に興味深い情報でした。結構、女性が働いているのが印象的です。
中世ヨーロッパ都市とは何だったかがだいたいわかる、良き入門書
中世ヨーロッパ都市の形成過程から、構造、住民たちについてなど、おおまかにとらえるのにとても良い書籍でした。
いきなり分厚い専門書に手を出してまったく理解できなかった過去の私に、これを勧めたい。切実に。
他の世界史リブレットもそうですが、最後に日本語の参考文献がたくさん掲載されているので、さらに知識を深めていくこともできます。
関連書籍
- 『図説 中世ヨーロッパの暮らし』河原温著、河出書房新社、2015年
本書と著者が同じです。タイトルどおり、図版が多いのが特徴。こちらも入門書のような感じで読みやすいです。
- 『中世ヨーロッパの都市の生活』ジョセフ・ギース、フランシス・ギース著、講談社学術文庫、2006年
13世紀トロワに限定し、都市の人々の様々な生活を描いた書籍。
- 『イタリアの中世都市』亀長洋子著、山川出版社、2011年(世界史リブレット)
本書と同じく、世界史リブレットのうちの一冊。タイトルどおり、イタリア独自のシステムについて解説されています。
本書とは違った側面から中世ヨーロッパ都市を見てみたい方は、以下の2冊がオススメです。
- 『ペストの文化誌―ヨーロッパの民衆文化と疫病』蔵持不三也著、朝日選書、1995年
中世ヨーロッパといえば衛生面で大きな問題があったことで有名です。もちろん本書でも埃と泥まみれ&汚物投げ捨ての件は触れられていましたが、いかに汚かったかはこちらのほうがわかりやすいと思います。
- 『中世のアウトサイダー』フランツ・イルジーグラー、アルノルト・ラゾッタ著、藤代幸一訳、白水社、2012年
乞食や大道芸人など、本書ではあまり取り上げられていなかった、周辺の人々に関する書籍。これも都市の一面。
書籍情報
タイトル | 中世ヨーロッパの都市世界(世界史リブレット23) |
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著者 | 河原温 |
出版社 | 山川出版社 |
出版年 | 1996 |
ページ数 | 94 |