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中世ヨーロッパの旅とは『旅する人びと』関哲行

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中世ヨーロッパって、鉄道も飛行機もないですし、狼も盗賊も出て物騒だし、旅なんて無縁だったのかなと思いがちですが、そうでもないんですよ、という本です。

旅を題材にしたファンタジー小説を書きたい方にもオススメ。

こんな人にオススメ

中世ヨーロッパの旅について知りたい

中世ヨーロッパで旅をしていたのはどんな人だったのか知りたい


『旅する人びと』概要

著者はスペイン中近世史専門の社会学者

著者がスペイン専門ということで、本書でも、以下のようなスペインの具体例が多数登場します。

  • サンティアゴ巡礼
  • トレードでの翻訳事業のために集まった学者たちの話
  • カスティーリャ王国から遠くサマルカンドまで赴いた外交使節の話

こうしてみると、中世における「移動」を説明するのに、スペインが好例であることがわかりますね。

シリーズ「ヨーロッパの中世」

岩波書店より発刊されているシリーズ。

文字どおり、中世ヨーロッパに関するシリーズです。全8巻すべてについて、中世ヨーロッパの研究者が執筆しているとともに、歴史学者の池上俊一・河原温が編集を担当しています。

参考:岩波書店の「ヨーロッパの中世」シリーズの他書籍

中世ヨーロッパの旅について、様々な視点から解説

中世ヨーロッパには、以下のような様々な種類の旅がありました。

  • 巡礼
  • 交易
  • 職人の遍歴
  • 傭兵
  • 牧羊業者
  • 留学
  • 説教
  • 外交
  • 亡命
  • その他、マイノリティーの移動

これらの様々な旅について、

  • どんな人が
  • なぜ
  • どうやって

旅をしていたのかが解説されています。

特に詳しいのは、巡礼~外交の項目かなと思います。マイノリティーの移動は、史料が残りにくいので無理もないですね……。

『旅する人びと』感想

本書の内容で、個人的に興味深いと感じたところをご紹介します!

宿泊施設の仕組みが興味深い

中世ヨーロッパの旅人のための宿泊施設は、大きく分けて以下の二種類があります。

  • 施療院
  • 有料の宿屋

施療院

巡礼者や、病人などの弱者のために開放されている施設です。無料で宿泊できます。ただ、お金持ちはお断りだったらしいです。

具体的には、高価な馬車で旅をしている人です。

お金をとって泊めてあげるわけでもなく、お断りするんですね……怒り出す人いそうだなと思います。金ならいくらでも出すから! とか言いそう。非常に興味深い情報でした。

有料の宿屋

施療院に泊まれない人は、必然的にこっちに泊まることになります。施療院がどこにでもあるわけではなかったので、遍歴の修道士もこっちに泊まることがありました。

ただ、単なる宿泊施設というだけではなく、以下のような役割があったようです。

  • 通訳
  • 現地の情報提供
  • 現地人と異邦人の商取引の仲介

経済的にも重要な役割を持っていたからか、多くの宿屋が都市の支配下に置かれ、平和維持のために色々な規制を設けられたそうです。

具体的には、宿泊許可証のない人を泊めてはいけない、というものです。

これにより、犯罪者や浮浪者、娼婦などの周辺の人びとが排除されたほか、普通に商売にやってきた異邦人もはじかれそうになったわけですが、実効性がどこまであったかは微妙なところです。

宿の所有者は多種多様で、貴族・有力商人に始まり、地域によっては農民や漁師が宿を経営することもあったとか。

ここからめちゃくちゃ個人的な感想です。

想像していたより、宿屋の経済的な重要性が高いのが印象的でした。通訳の専門家がいなかったわけではなさそうですが、現代ほど一般的ではないようなので、宿屋の通訳としての役割はかなり重そうですね。

もちろん、農民や漁師まで宿屋を経営していたということから、彼らが商取引の仲介をどこまでやれたかとか考えると、対応内容にかなりの差はありそうな気はします。

昔の人、めっちゃ歩く

現代のような交通機関がないので、歩くしかないので、当然と言えば当然かもしれないですが。

サンティアゴ巡礼に関する解説で、巡礼者が一日あたりどれくらい歩いていたかが考察されています。

パリ~サンティアゴ間の往復は、だいたい3~4か月くらいで踏破されていたらしいのですが、これだと、平均で1日あたり30~40キロくらい歩いていた計算になります。

ちなみに、現代のサンティアゴ巡礼の場合は、一日あたり20~30キロくらいのもよう。

通常、巡礼者が1日に歩く距離は行程によりますが20キロから25キロです。

ALBERGUES DEL CAMINO 巡礼に出る前の準備

1日の歩行距離は大略25km±5kmと考えておけばよいでしょう。

NPO法人日本カミーノ・デ・サンティアゴ友の会 Q&A (巡礼路の行程)

もちろん、現代の巡礼はご高齢の方が多いので、こういったサイトでは一日あたりの歩行距離が少なめに記載されている可能性もありますが……

1日で30キロ歩こうと思ったら、さくさく歩いても7~8時間くらいかかるだろうとか、中世だと現代よりもさらに悪路だっただろうとか考えると、平均で30~40キロはえぐい数字ですね。

ちなみに、馬で行っても1日40キロくらいだったようです。

徒歩えげつない。

もちろん、高齢者や女性、病人、強制巡礼者(※)などの場合は、もっと遅かったと考えられます。当時の巡礼には、身分・職業的にも多彩な人びとが参加していたようです。

※強制巡礼者:贖罪として巡礼を命じられた、不法行為者のこと。

羊はイベリア半島を縦断する

 毛織物業が盛んだった中世ヨーロッパにおいて、牧羊業はとても重要な産業でした。

特にカスティーリャ王国は羊毛の産地として有名だったわけですが、本書を読んで、何故カスティーリャが主要輸出国だったのかがわかりました。

13世紀後半以降、カスティーリャ王国では移動性牧羊業、つまり、羊においしい草を食べさせるために超長距離移動することが盛んに行われました。

どんな感じで移動していたのかは、本書に地図が掲載されていますが、まあ、イベリア半島を縦断してます。すごい距離。

しかも、カスティーリャ王国は、移動性牧羊業組合に長距離移牧に関する特権や裁判権まで認めています。具体的には、以下のような感じ。

  • 家畜通行税免除
  • カスティーリャ王国内全域の放牧地での放牧を許可
  • 固有の裁判権保持

本来家畜を連れて通るときには請求されるはずの通行税が免除されるだけでなく、どこで放牧してもいいよって王様が許してくれるのすごすぎ……。

ただ、それでも放牧地の利用権などで争いになることがあるので、裁判権も与えておくという徹底ぶり。

中世ヨーロッパの毛織物産業を支えた礎がここにあり、という感じ。

ちなみに、1日数十キロほどを数十日かけて移動したらしいです。ルートによっては、20~30日かけて、400~1000キロ移動したとか……

あれ?

30日を1000キロって、1日33キロ歩く必要ありますけど……羊の群れを連れて33キロ踏破するって……。

やっぱり中世の人、めっちゃ歩く。

中世ヨーロッパの旅を具体例から教えてくれる本

実際に誰が、どういう理由で旅をしていたのかが、様々な具体例から学ぶことができました。

旅を見ることによって、中世ヨーロッパの経済事情がわかるのも大変興味深かったです。

関連書籍

  • 『中世の旅』ノルベルト・オーラー著、藤代幸一訳、法政大学出版局、2014年

旅についてさらに深く知りたい方はこちらもどうぞ!

書籍情報

タイトル 旅する人びと(ヨーロッパの中世4)
著者 関哲行
出版社 岩波書店
出版年 2009
ページ数 300