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中世ヨーロッパの農村と都市を知る『図説中世ヨーロッパの暮らし』河原温・堀越宏一

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中世ヨーロッパの庶民の生活について、どんな人がどんな仕事をしていたのか、どんな空間だったのか、といったことを、図版を交えて解説してくれている書籍についてご紹介します。

こんな人にオススメ

中世ヨーロッパの農村と都市の暮らしが知りたい

中世ヨーロッパの庶民の生活が知りたい


『図説中世ヨーロッパの暮らし』概要

二名の歴史学者による共著

本書の著者の概要は下記のとおりです(敬称略)。

  • 河原温:都市史、社会史専門。『中世ヨーロッパの都市世界』の著者。本書の都市にかかわる箇所を担当。
  • 堀越宏一:フランス中世・近世史専門。『中世ヨーロッパの農村世界』の著者。本書の農村にかかわる箇所を担当。

それぞれ、執筆済みの書籍『中世ヨーロッパの都市世界』と『中世ヨーロッパの農村世界』と重なる部分もありますが、そうでない部分もあります。詳しく知りたい場合は両方チェックすることをオススメします。

中世ヨーロッパの都市世界のアイキャッチ画像
中世ヨーロッパ都市に関する入門書『中世ヨーロッパの都市世界』河原温「中世ヨーロッパの都市世界」の感想&レビュー記事です。「中世ヨーロッパの都市とは何か知りたい」「中世ヨーロッパの構造や住んでいた人について知りたい」という方にオススメ。...

ふくろうの本

河出書房新社より発刊されているシリーズ。すべての書籍のタイトルに「図説」が含まれていることからわかるとおり、図版がたくさん使用されているのが特徴です。

  • そんなに分厚くない(多くは100ページ少々)
  • 内容も入門者向けでわかりやすい

以上のことから、これから勉強してみたい方にオススメのシリーズです。

西洋史が多い印象はありますが、日本史やそのほかの国についての書籍もあります。

参考:河出書房新社「ふくろうの本」の案内ページ

中世ヨーロッパの農村と都市について、豊富な図とともに解説

農村と都市の暮らしについて、図版をまじえつつ、ちょうど半分ずつ語られています。

ページ数はそれほど多くありませんが、結構かゆいところに手が届く内容になっていて、ざっくりと中世の人々の暮らしを学びたい場合にぴったりです。

本書あとがきでも触れられていますが、騎士および王侯貴族、聖職者の暮らしについては深く言及されていません。

中世ヨーロッパの人々は「祈る者、戦う者、働く者」と分類されますが、本書では「働く者」(農民、商人、手工業者)がメインになると考えればオッケーです。

『図説中世ヨーロッパの暮らし』感想

本書の内容で、個人的に興味深いと感じたところをご紹介します!

農民の仕事が多彩

農村の成り立ちから、農民と領主の関係、外観についてなど、様々な面から解説があります。その中でも、農民の仕事について詳しく解説があったのが印象的でした。

  • 農業:農民と聞けばまずこれ。小麦や大麦の栽培が主。三圃制についても解説あり。
  • 牧畜:豚が大人気。豚一頭の放牧に必要な面積単位(グランデ)があったほど。
  • 森での仕事:開墾、家畜の放牧、木材(建築資材・燃料)確保、木の実採取、養蜂などなど
  • 漁業:コイ、マス、ウナギ、サケ、チョウザメなど。あくまでも肉の代用品。
  • バナリテ:製粉水車・パン焼き窯・ブドウ圧搾機の運用は特定の人がやる。
  • 農村工業:鍛冶屋、皮革(靴)、繊維業、陶器(農民の副業)
  • 定期市:余剰を都市の定期市で販売。大きな農村なら、農村で市が開かれることも。

農民、めっちゃ忙しいですね。

補足:バナリテ

我々一般人にとって一番聞き慣れないのは、バナリテでしょうか。

(語弊がありますが)領主がなんとかしてお金を搾り取ろうとして編み出した制度です。

住民の皆さまにとって必要な装置を領主様が用意してくださり、「みんなこれ使っていいよ!」って言ってくれるありがたーい制度なんですが……

装置を使う代わりに使用料を徴収されます。

しかも、自分の家で勝手に装置を作るのは禁止です。絶対に領主が用意した装置を使う必要があります。

地域によって、どんな装置が使用強制の対象になったかは様々ですが、一番メジャーだったのが、小麦の製粉水車です。

領主の作った製粉水車に小麦を持って行って製粉してもらうのですが、手間賃のため、製粉した粉の一部は粉ひき屋にとられてしまいます。

今風に「時間を買っている」と言えば聞こえはいいですが、農民たちからはめちゃくちゃ不評でした。

補足:養蜂

個人的に印象深い仕事は「養蜂」でした。

古代地中海世界から流行っていたみたいで、かの有名なアリストテレスも養蜂に関する研究書を残しているらしいです。

神聖ローマ帝国では、皇帝に「養蜂金」なる貢租を支払う代わりに独自の「養蜂裁判所」を持つなど、結構な存在感があったようです。

写本挿絵が本書に掲載されていますが、誰も何も頭を保護するようなものをかぶってないのがめちゃくちゃ怖いです。刺されるやん。

絵を描いた人が省いただけなのか本当にかぶってなかったのか……

大量の幼虫が描かれているのもまあまあ破壊力があります。興味がある方はぜひチェックしてみてください。

都市民の各職業についても個別に解説あり

下記のような職業の人々について、簡単な解説があります。

  • 商人:遠くロシアから商品を運んだり、国際商業が盛ん。
  • 銀行家:ルッカ、ジェノヴァ、フィレンツェなどの商人、ユダヤ人など。
  • 建設業:石工、大工など。大聖堂などの大規模建築が増えた時代。
  • 金属加工業:鍛冶屋、金銀細工師、貨幣鋳造人など。
  • 織物業:毛織物業が中世ヨーロッパ最大の産業。
  • 皮革業:服飾関係のほか、馬具や羊皮紙の生産。
  • 食糧関係:パン屋、肉屋、料理人など。
  • 学者・教師:聖職者のほか、俗人の教師が登場。
  • 医療関係者:医師、薬屋、床屋など。外科手術は床屋担当。
  • 画家:同職組合(ギルド)あり。教会の祭壇画や富裕層の肖像画を描いた。

あまりにも多様なので全部詳しく、とまではいきませんが、ざっくりどんな感じだったかはわかります。これだけでもわかることはかなりあるので、正直めちゃくちゃ助かります。

補足:床屋

中世ヨーロッパにおいて、床屋は手工業のような扱いで、徒弟修業を経て親方になりました。また、「医療関係者」に類するのが、現代社会に生きる我々としては意外に映りますが、当時、外科手術は床屋の役目でした。

外科手術といっても、瀉血や骨を接ぐといったものだけでしたが……

補足:画家

個人的には、画家が手工業者のような扱いで、同職組合があったところが興味深く感じました。ギルドには画家だけではなく、彫刻家や彩色写本画家、写本製作者もいたそうです。

大聖堂建築が大流行した時代なので、祭壇画や彫刻は建築の一部のように考えられていたのかもしれないですね。

衣食住に関する解説もあり

 本書終盤にて、庶民の服装や食事、家に関する解説もあります。

  • 衣:14世紀くらいから、貴族と庶民でデザインに差異が生まれる。
  • 食:天に近い食物が尊く、土中にあるものが卑しいという考えから、庶民の食事は下位の食材を使用。
  • 住:農村は平屋が基本。都市は2~5階建ての集合住宅。

これも順番に軽く触れておきます。

衣:14世紀くらいから、貴族と庶民でデザインに差異が生まれる

12世紀くらいまでは、貴族と庶民の間にはあまりデザイン差がなく、いずれも足首まで届きそうなほど裾の長いチュニックを着ていたそうです。

それが、13~14世紀くらいで貴族の意識が変容し、庶民との差別化を図ろうとしていたのか、裾がだんだん短くなりました。足首まであった裾が、現代社会の上着くらいまで短くなったようです。

一方の庶民は以降もあまり変わらず、長いチュニックを着ていたそうです。

本書の衣服に関するページでは、何故こういった差異が生まれたかは詳細に解説されていません。

ただ、前半部分の農民と領主の関係に関する章にて、貴族叙任状(国王が「この人貴族です」と認める書面)の発行が13世紀くらいから始まって、これくらいの時期から貴族の主張が強くなり始めた旨の記載があります。

したがって、貴族の「貴族アピール」の一種として、服装の変化があったということだと思われます。

食:天に近い食物が尊く、土中にあるものが卑しいという考えから、庶民の食事は下位の食材を使用

具体的には、鳥は「尊い」、地面を掘り返す豚は「卑しい」ということになります。ほかにも、カブ、大根、タマネギ、ニンニクなどの根菜が庶民の食卓を彩りました。

主食はパンで、フランスパンを1日2~3本食べられていたそうです。めちゃくちゃ食べますね。

当時は肉をもりもり食べる習慣がなく、オリーブなどの油も貴重品だったので、必要カロリーはパンで摂取するしかなかったようです。

住:農村では平屋が基本。都市は2~5階建ての集合住宅

農村の場合、一階建ての平屋で、長方形の空間を二つに割って、片方を寝室、片方を居間として使うのが一般的だったようです。

石材は13世紀くらいから使用され始めますが、どれくらい使用するかは地域差があるようです。

都市の場合は人口増加の影響で土地に余裕がなく、2~5階建て、かつ、さまざまな世帯が入る集合住宅が増加しました。最上階(というか屋根裏)や地下室の家賃が少なかったとのこと。

農村と都市の家に差が出たのは、都市のほうが土地に余裕がなかったというのもあります。

ただ、農村には建築のプロがおらず、自分たちでがんばって建てるしかなかったから、という理由もあるようです。

考えてみたら、都市の大工がわざわざ農村まで赴いて家を建てるという話は聞かないような気がします。技術的な問題で、平屋にするしかなかったということでもありそうですね。

中世ヨーロッパの農村と都市の暮らしがわかる本

当時の農村や都市の人々がどんな仕事をしていて、どんな暮らしをしていたのか、ということがざっくりわかる本でした。

ページ数のわりに内容がぎゅっと詰まっていて、何度も読み返したい本です。

中世ヨーロッパの都市世界のアイキャッチ画像
中世ヨーロッパ都市に関する入門書『中世ヨーロッパの都市世界』河原温「中世ヨーロッパの都市世界」の感想&レビュー記事です。「中世ヨーロッパの都市とは何か知りたい」「中世ヨーロッパの構造や住んでいた人について知りたい」という方にオススメ。...

関連書籍

本書の理解をさらに深めたいときは、こちらもどうぞ。

  • 『中世ヨーロッパの都市の生活』ジョセフ・ギース、フランシス・ギース著、講談社学術文庫、2006年
  • 『中世ヨーロッパの農村の生活』ジョセフ・ギース、フランシス・ギース著、講談社学術文庫、2008年
  • 『中世ヨーロッパの農村世界』堀越宏一著、山川出版社、1997年

→本書の農村の部分を執筆した方です。

本書では言及されなかった人々の暮らしについては、こちらをどうぞ。

  • 『図説騎士の世界』池上俊一著、河出書房新社、2012年

→本書にて、騎士についてはこちらをご参照くださいと言及されていた書籍です。

  • 『中世ヨーロッパの城の生活』ジョセフ・ギース、フランシス・ギース著、講談社学術文庫、2005年
  • 『修道院にみるヨーロッパの心』朝倉文市著、山川出版社、1996年

書籍情報

タイトル 図説中世ヨーロッパの暮らし
著者 河原温・堀越宏一
出版社 河出書房新社
出版年 2015
ページ数 127
備考 ソフトカバー