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ブルターニュの怪談話から風習を知る『ブルターニュ死の伝承』感想

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今回は、20世紀初頭、ブルターニュ地方に伝わるたくさんの物語を集めた本をご紹介します。

人びとの語るたくさんのお話から、当時のブルターニュにおける死への考え方・風習がわかる、そんな本です。

とんでもなく分厚くて存在感があります。鈍器。

こんな人にオススメ

ブルターニュの民間伝承をたくさん知りたい

ブルターニュの文化を深く知りたい

ブルターニュの死生観について知りたい


『ブルターニュ 死の伝承』概要

著者はブルターニュの文化を守ることに尽力した人

1859年ブルターニュ生まれの研究者です。

高校や大学で教鞭をとりつつもブルターニュの文化の保護に尽力し、フランスの勲章「レジオン・ドゥヌール・オフィシエ勲章」を授与されています。

用語解説

特殊な用語は丁寧な解説があります。ただ、あまりにも基本的すぎるためか、以下の語については説明がありませんのでメモしておきます。

ブルターニュ

フランスの北西あたりの地名です。ここに住む人を「ブルトン人」とも呼びます。

ケルト

(前略)紀元前600年ごろに古代ギリシア人が、西方ヨーロッパにいる異民族を「ケルトイ」と呼んだことに由来する名称で、それはケルト語を話す文化集団の意味であり、人種のことではない。「ケルト」とは言語・考古・神話・美術などから再建されうるヨーロッパの一文化を指す概念であるということだ。

(中略)「大陸のケルト」文化は紀元前数百年に遡る中央ヨーロッパの鉄器文化にルーツをもち、古代・中世以来今日までアイルランド、スコットランド、ウェールズ、コーンウォール、マン島、フランスのブルターニュといったヨーロッパ西端の周縁部にそれを引き継いできた。

鶴岡真弓・松村一男『図説ケルトの歴史:文化・美術・神話をよむ』河出書房新社

紀元前数百年くらいからヨーロッパの広い地域に広がっていた文化で、その文化に基づいて暮らす人びとをケルト人と呼んでいるということのようです。

現在のヨーロッパのほとんど全域に広がっていたと言ってもいい文化ですが、今でも根強くのこっている地域として、アイルランドやスコットランド、ウェールズ、そして今回の本題となるフランスのブルターニュがよくあげられます。

要は、ヨーロッパに広く広がったのが「ケルト文化」で、ブルターニュはケルト文化が根付いた土地のうちの一地方ということになります。

ケルト文化が具体的にどんな文化だったのかは本書からも垣間見れます。が、本書は死に関する伝承に絞られていてかなりニッチなので、もっと一般的なことが知りたいということでしたら、引用でも使用させていただいたこちらの本がおすすめです。

鶴岡真弓・松村一男『図説ケルトの歴史:文化・美術・神話をよむ』河出書房新社

ブルターニュの伝承を集めた本

この本の面白さは、人々の語る怖い話だけではなく、死にまつわる風習も紹介している点にある。その意味で、単なる怪談集とは決定的に異なる。

アナトール・ル=ブラース『ブルターニュ 死の伝承』後平澪子訳、758頁「訳者あとがき」

著者が実に十五年に渡ってブルターニュ地方に足を運び、そこに住む人びとから直接聞いたお話を集めた本です。

「死の伝承」というタイトルからもわかるとおり、死や幽霊、霊魂についてのお話が詰まっています。

いうなれば怪談集のようなものですが、単なる怪談集ではなく、多くの伝承から当時の人びとの死についての考え方や習慣まで見えてくる一冊です。

最初の発表が1893年で、日本語訳の本は1923年出版のものが翻訳されています。当時、フランスでは中央集権化が進み、ブルトン語は禁止されつつありました。時代背景を知ると、著者がどういった思いでこの本を執筆したのかがよくわかります。

『ブルターニュ 死の伝承』感想

とにかく伝承が豊富

実に123話もの伝承が掲載されています。

大切な人の死の前兆に夢を見た……とかならまだよくある話ですが、エンドウ豆が躍り出したという話は面食らいました。その発想はなかった。

個人的には、死の執行人とされるアンクー(ざっくり言えば死神のようなものです)が、夜中まで仕事をしている武器屋のところに、仕事を依頼しに行く話が面白かったです。残業は悪。

しかも、註もたくさんあります。見てみると、アイルランドの場合はこう、ウェールズの場合はこう、といったように、他のケルト文化の地域についてもかなり言及されていて、比較すると楽しいです。たまに、別バージョンの物語が註に載っていることもあります。

物語調で読みやすい・一つ一つが短いのでとっつきやすい

ブルターニュに普通に生活している人を筆者が家に呼んだりして話を聞いた結果が本になっているので、全体的に物語を読み聞かせてくれているような文体で、非常に読みやすいです。

特殊な専門用語(例:アナオン、アンクー等)が出てくる場合は、章の最初で簡単な解説が入るので、「意味わからない……」となることもないです。

地名については、日本人である我々にはなじみのない村の名前やらなんやらがたくさん出てきますが、地名だなと思ってスルーすればOKです。本の最初に地図があるので、知りたい場合は照らし合わせると楽しいです。

また、ひとつひとつの物語は、長くても数ページ程度、短いと数行だったりもするので、とっつきやすいのも魅力です。死についての伝承なので、中には残酷なお話もありますが、物語調ということもあり描写はマイルドです。リアルな残酷表現が苦手な私でも読み進めることができました。

古い文化を全肯定する本ではない

著者による序文に、著者の義弟がブルターニュで亡くなった際の話がつづられています。

難破してどうにか岸にたどりついたものの、そこで力尽きてしまい、一晩中助けを求めて声を上げ続けていたそうです。

しかし、ブルターニュの人びとはそれを悪魔の声だと思い込み、誰一人助けに行こうとはしなかったといいます。

著者は、ブルターニュの文化が守られることを祈りつつも、子どもたちは近代的な教育を受け、悪しき風習をなくしてくれることを切に願っていると記しています。

ブルターニュの古い文化を手放しに肯定するのではなく、否定するのでもなく、悪いものは悪い、良いものは良いと冷静に切り分けて考えようと努力している様子がうかがえました。

ブルターニュだけに限らない、あらゆる文化を守るうえでの普遍的な課題まで触れた、深く考えさせられる本だと感じます。

まとめ:ブルターニュの死についての風習がよくわかる本

たくさんの物語から、死について実際に人びとはどう考え、どう行動していたのかがとてもよくわかり、ブルターニュの文化についてまた一つ、深く知ることができたように思います。

豊かな世界観に浸る時間は格別でした。

タイトル ブルターニュ 死の伝承
著者 アナトール・ル=ブラース
訳者 後平澪子
出版社 藤原書店
出版年 2009年
ページ数 766