ヨーロッパ各地の聖人のお祭りがぎゅっとつまった、ステキすぎる本を見つけたのでご紹介します。
完全に一目ぼれでした。タイトルと装丁が神。
聖人のエピソードを知りたい
聖人にまつわるお祭りのことを知りたい
『聖人祭事紀行』概要
著者はドイツ在住の日本人
著者は日本人ですが、1978年からドイツ在住で、ヨーロッパ各地の文化について発信しています。
ドイツに住む前から、かれこれ半世紀は取材活動を行なっているとのこと。
聖人のお祭りを集めた本
ヨーロッパでは、その土地にゆかりある聖人のお祭りが盛んにおこなわれています。
本書は、春夏秋冬39のお祭りについて、以下の二点を中心に紹介されています。
- 聖人のエピソード
- 現在のお祭りの様子(写真付き)
以下のような、かなり有名な聖人のお祭りについても扱われていますよ!
- 聖ヨセフ
- ジャンヌ・ダルク
- 聖ヴァレンタイン
- マグダラのマリア
- 聖王ルイ
- 聖ヒルデガルド
- 聖ニコラウス(サンタクロース)
『聖人祭事紀行』感想
豊富な写真資料
まえがきとあとがきを除くほぼ全ページに、お祭りの様子がわかる写真が掲載されています。写真集と言っても良いレベル。
フルカラーではないものの、要所要所はカラーで掲載されていて、お祭りの熱気を感じることができます。
舞い散る花吹雪や紙吹雪、極彩色の衣装、生き生きとした人々の表情は、眺めているだけで元気になれますよ。
多くのお祭りでは聖人の像をかついでパレードをすることから、必然的に聖人の像の写真もたくさんあります。聖人ゆかりの教会や修道院、ミサの様子をとらえた写真も素晴らしいです。
聖人のエピソードが印象的
写真が豊富な本ですが、テキストもめちゃくちゃ充実しています。一部の具体例をあげつつ、感想を垂れ流します。
殉教の話はいつ見てもつらい
聖人というと殉教と切っても切れない印象があるのがすでに悲しいですが……イタリアのシラクーザの守護聖人、聖ルチアのお話です。
聖ルチアは3世紀後半に資産家の娘として生まれました。難病を患った母親のために祈り続け、おかげで病気が治ったので神に一生を捧げることを誓い、財産を貧しい人々に分け与えました。
このことを知った求婚者が総督に密告し、ルチアは酷い拷問にかけられることになります。煮えたぎる油をぶっかけられても火をつけられても傷つかなかったルチアは、剣を突き立てられてようやく息絶えた、というお話です。
ここから個人的な考えです。
聖ルチアが拷問された理由は、たぶん、ルチアの財産目当てに求婚していた人がいたけど、
- 財産を勝手に整理されたこと
- そもそも、生涯を神に捧げる=求婚お断り
ということにキレて、仕返しをしたくて総督に言いつけたから、だと思われます。
偉い人の求婚を断って修道院に入ろうとして、信仰を捨てろと拷問された女性のお話は他にもたくさん存在するので……。
こういう話って「どんな苦境でも信仰を捨てないのスゴイ!」という話になりがちなんですけど、確かにそのとおりなんですけど……これほど意志が強く、敬虔な人物がこんな無残な死に方していいわけないやろと思ってしまいますね。
こういった逸話の数だけ、聖人を惨殺した人間も存在するわけですから、人類罪深すぎるやろと。
素晴らしい人が安らかな死を迎えられる世の中であってほしいと、切に願います。
「テレビの守護聖人」という近代的すぎる守護聖人
守護聖人というものが現れ始めたのは、本書によると11世紀くらいからのことらしく、本書で扱われている聖人もほとんどが、中世以前に生きていた人びとです。
農家の守護聖人とか、夫婦の守護聖人とか、中世でも通用しそうな分野の聖人であることがほとんどですね。
イタリアのアッシジの守護聖人である聖キアラは、確かに中世(13世紀)の人物なのですが、晩年病床に臥せっていてクリスマスのミサに出席できなかったにも関わらずミサの様子が見えていた、という逸話から、20世紀になってから「テレビの守護聖人」に任命されました。
聖キアラはテレビ知らんかったやろ、という声が聞こえてきそうですが、この発想、私はめちゃくちゃ好きです。
守護聖人という存在が、現代の人々の生活に息づいていることがわかるエピソードではないでしょうか。
いや、本を読んだその時は笑ってしまいましたけども。
サンタクロースならぬ聖ニコラウス
みんな大好きサンタさんのモデルと思しき聖人についても、記述があります。
聖ニコラウスってサンタクロースと似ても似つかないじゃん、と思いますが、名前の移り変わりはこんな感じらしいです。
聖ニコラウス(セント・ニコラウス)
↓
(オランダ語で)シント・ニコラース
↓
(ちょっとなまって)シンタクラース
↓
(アメリカで)サンタクロース
元になった聖人、聖ニコラウスは3世紀、今のトルコあたりで生まれた人でした。奇蹟は色々あるようですが、サンタさんの逸話に最も近いのは、貧しい商人の家にお金を投げ込んだ話と思われます。
商人は、あまりにもお金がないので娘たちを身売りしようとしていたところでしたが、サンタさん……ではなく聖ニコラウスのおかげで結婚持参金を用意することができました、というお話です。
元の話を聞くと夢があるんだかないんだかよくわからなくなってしまいますが。いや、あるのか。お金に困ってたら窓からお金が投げ込まれるって相当夢あるか……。
聖ニコラウスの遺骨の一部がフランスの教会にあるのですが、かの有名なジャンヌ・ダルクがやってきて、聖ニコラウスに戦勝祈願したそうです。思わぬところで有名どころの接点を見つけてちょっと楽しくなりました。
なお、聖ニコラウス=サンタクロースかどうかは、微妙なところだと本書では語られています。お祭りのパレードでも、聖ニコラウスとサンタクロースは別々に登場するようです。
ここから完全に個人の意見ですが。
なんだ全然関係ないのかなーと思いきや、同じお祭りに出てきてはいるから関係なくもないんですよね、きっと。
サンタクロースの元が聖ニコラウスであることは確かだけど、サンタクロースの名前がアメリカまで浸透しているあたり、サンタクロースの話はいろんな国のいろんな逸話がくっついて別物として独り歩きし始めた……という可能性はあるかもしれないです。
サンタさん、深い。
現在のお祭りの様子やエピソードも興味深い
お祭りの様子は、写真を見ても良く分かりますし、テキスト情報も豊富です。具体例を3つあげておきます。
生きている人が棺に入ってパレードに参加
スペインのリバルテメという村のお祭りは、「奇祭」として有名だそうです。
お祭りが実施されるのは、聖マルタの祭日、7月29日。聖マルタは、「瀕死の人の守護聖人」というなかなかスリリングな守護聖人です。
お祭りの日には、重病や事故で九死に一生を得た人が、聖マルタに感謝して棺に入り、担がれて村を行進するそうです。
7月29日に。
いや暑いでしょ。スペインのすべてを焼き尽くす日差しえげつないでしょ。せっかく助かった人も体調崩さない? 大丈夫?
バッチリ写真も掲載されてますので、ぜひ本書で確かめてみてください。当然ながら中身は生きた人間なので、棺のフタは開いていて、日光ガッツリ当たってます。
参加者の満足度は高いらしく、何度も参加される方もおられるとか。本当に無理しないでください。
アメリカやロシアのテレビで取り上げられたことから、村の住民100名程度のところ、何千人と人が集まるらしいです。本当に無理しないでください。
聖デイヴィッド・デイのパレードが始まった理由
3/1聖デイヴィッドの記念日には、ウェールズの首都カーディフにて大規模なパレードが実施されます。パレードの歴史自体はそれほど古いものではなく、2004年から始まったのだそうです。
パレードが始まった理由は、宗派の垣根を超えて連帯感を高めるためだとか。
ウェールズというか英国全体に言えることですが、宗教的に様々なルーツを持った人々が住んでいます。
- 国教会
- 清教徒
- アメリカ由来のプロテスタント
- カトリック
これ全部キリスト教なんですけど、宗派は違います。
以下、めちゃくちゃ個人的な考察です。
さすがに2000年代ですから、宗派が違うから即ケンカ、ということにはならないと思われますが、宗派によってコミュニティとか考え方がちょっとずつ違ってきて、気づいたら同じ宗派の人とばっかり結婚してたとか、同じ宗派の友達しかいない、ということにはなるらしいです。
ウェールズでどこまで断絶があったのか、詳しくは不明ですが、連帯しようとする動きがあるということはすなわち、少なからず断絶があったということにはなるのでしょうね。
バレンシアの火祭りが、写真だけだと事件に見える件
最後に、スペインのバレンシアにて、3月1日から19日まで開催されるバレンシアの火祭りについてご紹介します。
3月1日から19日までずっと、市庁舎前で大量の爆竹を鳴らすのだそうです。しかも、19日の聖ヨセフの祭日には、約三百キロもの爆竹が投入されることから、市役所の広報課の方が消音用のヘッドフォンを配ってくれるのだとか。役に立たないくらいうるさいらしいですが。
その後も巨大な人形を派手に燃やすために、消防隊が待機するという話もあり、公が本気出してて、本当に面白いです。
写真だけ見ると、大規模火災でもあったのかな? と思ってしまうほどのお祭り。
スペイン人はド派手なお祭りが大好きらしく、他にも巨大人形を燃やす祭日(聖ヨハネの日)があります。愉快すぎる。
たくさんの聖人とお祭りについてわかる本
今までなんとなく名前を知っていた聖人について詳しく学べたり、聞いたこともなかったような聖人のエピソードに驚いたり、お祭りの様子に心踊ったり……最初から最後まで楽しい本でした。
ちなみに、本書冒頭に、旅先でカレンダーを買うと、その国の記念日の聖人名が入っているというお話がありました。
それを見て、カレンダーって良いお土産になりそうだと初めて気づいた次第で……今はなかなか行けない(というか私はそもそも乗り物が苦手で海を越えるのが難しい)ですが、いつかヨーロッパを訪れた際には、この本のことを思い出してカレンダーを買うでしょう。
書籍情報
タイトル | 聖人祭事紀行:祈りと熱狂のヨーロッパ写真歳時記 |
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著者 | 若月伸一 |
出版社 | 八坂書房 |
出版年 | 2020 |
ページ数 | 382 |
備考 | ソフトカバー |