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船に悪魔にミステリー、面白いもの全部乗せ『名探偵と海の悪魔』スチュワート・タートン

本屋で出会って、まず装丁に心を奪われました。名探偵に海に悪魔とは。タイトルからして、もう好き。そして表紙は深い青に帆船のイラスト、中を開くと帆船の構造図、そしてあらすじの冒頭、「時は17世紀」。

買いました。

面白かったところを、ネタバレなしでご紹介します。


『名探偵と海の悪魔』概要

物語の舞台は、17世紀のバタヴィア(今のインドネシア)からオランダへ向かう帆船です。

出港前から、しゃべれないはずの人が呪いの言葉を吐きながら発火し、それだけでも不吉すぎるのにむりやり出港した結果、帆には悪魔の紋章が浮かび上がり、ついには殺人事件まで発生します。

理屈ではどうにも説明がつかない、この複雑怪奇な事件に立ち向かうのは、囚われの探偵とその用心棒。

……そう、肝心の探偵は、囚われの身なのです。

思ったように捜査を進められないまま、誰も助けてくれない海の上で、犠牲者はどんどん増えます。

17世紀、船、悪魔、怪奇現象といった、物語好きな人の要素をふんだんにつめこんだ、エンターテインメント小説です。

『名探偵と海の悪魔』感想

安楽椅子探偵ならぬ、独房探偵

本作は、肝心の探偵役であるサミュエル・ピップス(サミー)が、いきなり石を投げられるところから始まります。

出港したらしたで、光の差さない真っ暗な独房に閉じ込められ、ほとんど外には出れない状況に陥りました。

船内で事件が起きるたび、相棒であるアレント・ヘイズはサミーに頻繁に助けを求めますが、そもそも外に出られないので、サミーにできることは限られています。

優秀な探偵であることは存分に表現されている一方、事件捜査に思うように加われない状況に、「どうやって事件を解決するのだろう?」と固唾を飲んで見守ってしまいました。

もともと私は、探偵に制限がかかって、事件の捜査ができない話が好きです。

『鍵のかかった男』などはその典型例で、いわゆるワトソン役がこつこつ調査を積み重ねて真実にたどり着いたときの達成感が独特なんですよね。天才的なひらめきや知識量などではなく、できることを積み重ねていたら、気づいたら犯人がわかっていたというあの感じ。

なので、『名探偵と海の悪魔』も序盤からすごくワクワクしながら読み進めました。

『名探偵と海の悪魔』で、実際にどのように事件が解決されるのかは、ぜひあなたの目で確かめてみてください。

船is怖い 究極のクローズドサークル

最近のミステリー作品は、優秀な警察組織やスマートフォンなどの便利ツールの普及により、なかなか作品としての舞台を作りにくいと言われています。

いくら優秀でキャラ立ちした探偵がいても、普通の事件では警察が解決してしまいますし、スマートフォンを使えば一発で助けを呼べますしね。

その点、『名探偵と海の悪魔』は、17世紀という時代設定からして、優秀な警察組織もスマートフォンもないですし、簡単にミステリーの舞台を整えられるはずです。

それなのに、まったく逃げ場のない船に乗せて、地上で起きても怖い事件を船の上で起こす。容赦ないクローズドサークルっぷりに背筋が寒くなりました。

本当に船に乗るのが怖くなります。もともと、船が苦手なのですが。

魅力的なキャラクター

メインの探偵と相棒以外にも、夫に虐げられる賢い貴婦人サラや、己の魅力を存分に武器にする強かな女性クレーシェなど、たくさんの魅力的なキャラクターが登場します。

中でも私は、貴婦人の娘、賢すぎる少女リアの存在が物語を引き立てていると強く感じました。

17世紀という時代は、女性の立場が現代よりもずっとずっと低かった時代です。サラもクレーシェも非常に賢い女性たちですが、時代の荒波に逆らえず、抑圧された環境で日々を過ごしています。

リアは、大人の男性でも思いつかないような問題解決の方法を思いつく聡明な少女です。頭が良すぎて不気味に思われてしまうため、母親であるサラはリアの才能をできるだけ隠そう、隠そうとしています。

物語の冒頭では、サラやクレーシェと同様、女性であるというだけで才能を隠さなければならない少女、という位置づけなのだろうと単純に考えていました。

しかし物語後半の展開を読み進めるにつれて、私の考えは甘かったと痛感しました。

この物語にリアという少女を配置した作者の力量に脱帽です。私もこんな風にさりげなく物語を表現したいと強く思います。

リアの役割がどんなものなのかは、ぜひ本を読んであなたの目で確かめてみてください。

まとめ ジャンルの枠にとらわれない、エンタメ小説

作者のあとがきからは、ジャンルを自分で決めたくないという意志が読み取れます。

本書は17世紀という時代を描いた歴史小説ととる人もいれば、海洋冒険小説ととる人もいるでしょう。

かく言う私にとっては、ミステリーというよりはエンターテインメント小説だったかもしれません。この記事でピックアップした内容にはミステリー要素が多かったのですが、ジャンルの枠組みにとらわれず、悪魔やら海やら歴史やら、とにかくおもしろそうなものを詰め込んだ宝箱のような作品です。

あなたにとってはどんな小説になるでしょうか?

ぜひ手に取ってみてください。


 

タイトル 名探偵と海の悪魔
作者 スチュワート・タートン
三角和代
出版社 株式会社文藝春秋
出版年 2022年